1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
(三谷幸喜のありふれた生活:857)情熱、理論派、侘びの域
2017年7月20日16時30分

 大泉洋と舞台の仕事をするのは、新作「子供の事情」で三本目。僕は彼の演技の上手さを知っているので、これまでは、受けの芝居をお願いしてきた。そっちの方が難しいから。

 「ベッジ・パードン」では野村萬斎さん演じる夏目漱石に、「ドレッサー」では、橋爪功さん演じる座長に振り回された。そこで今回はあえて周囲を振り回す側に回って貰(もら)った。彼が演じる転校生ジョーはクラスで一番の問題児だ。

 役者大泉は驚くほど演じることにストイック。バラエティーなどで見る軽いキャラとは正反対だ。

 稽古が終わった後、僕のところへやって来て、「この台詞(せりふ)は、どういう気持ちで言えばいいんでしょう」とやたら相談してくる。夜、メールで質問が来ることもあるし、電話が掛かってくることも。あんまりしつこいので、着信拒否しようと考えたくらいだ。ホンについての矛盾を指摘してくることもあるが、彼の言うことはだいたいにおいて正しいので、実は助かっている。演じることにこれほど熱心な役者を僕は知らない。

     *

 林遣都(けんと)さんとご一緒するのは、今回が初めて。舞台は二度目だそうだ。稽古が始まった頃は、舞台演技というものに、まだ戸惑っていたように見えた。でも彼はこの一カ月の稽古でみるみる成長。現在の視点を持った「語り手」と、彼の少年時代という、いわば二役を瞬時に演じ分けなければならない難しい役どころを、完全に自分のものにした。たぶん本人に自覚はないと思うが、決め台詞を、わざとらしくなく決めてくれる(これが結構難しい)才能があり、彼の語りはとても聞きやすい。

 小手伸也さんは「真田丸」で塙団右衛門(ばんだんえもん)を演じてくれた。最初は、ガキ大将の役にしようと思ったけど、それだと団右衛門とそう変わらないので、クラスの中でもっともピュアな少年ドテという、あえて真逆(まぎゃく)のキャラにしてみた。実際の彼は、かなりの理論派で、自分でホンを書いたり演出したりもする。団右衛門からもドテからも、もっともかけ離れたタイプの人でした。

     *

 浅野和之さんと春海四方さんは僕の芝居にはなくてはならない存在。浅野さんは今回最年長ながら、見事に十歳を演じきっている。口数の多い役ではないが、舞台に出ている時間は長く、その間、何をしているかは浅野さんにお任せ。突然意味なく跳びはねたり、女子生徒の保湿クリームを勝手に手に塗ってみたりと、一瞬も休むことなく、小学四年生を「生きて」いる。たまに股間をいじる芝居をしていたので、それだけはやめてもらった。

 春海さんは、僕がダメ出しをすると、いつも泣きそうな顔でこっちを見る。決して器用な役者さんではないが、舞台に立っている時の佇(たたず)まいには、誰も真似(まね)できない哀愁がある。それは既に「侘(わ)び」の域に達している。出来れば今後もずっと一緒に仕事をしたいと思わせる役者さん。

     *

 この人たちがいたから、僕はこのホンが書けた。一人でも違う役者がキャスティングされていたら、全く別の「子供の事情」になっていたはずだ。幸い舞台は好評。僕はいつも俳優たちに助けられる。