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後悔する貝細工
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　元から生活が無頓着だった沙羅姉は、自分が亡くなってから食事も碌に取らず、睡眠するも魘されるばかりで見るに堪えなかった。ふわふわと彼女のそばを漂っていても、返事が来るはずもないのに声を掛け、時には薬利くんに文句を言いに行ったりして、けれど何も変わらないし何もできない。それで毎回実感するのよ、私はもう亡くなっていることに。

『私はね、沙羅姉がずっと幸せで楽しく生きてくれたらそれでいいのよ？』

　聞こえるはずないと分かっていてもついつい声を掛けてしまう、気付けば沙羅姉は私の幻覚を見なくなったみたい。沙羅姉はどうやら私に自分のエゴを押し付けたことに罪悪感を感じているようで、けれどそれを言うと沙羅姉が気付かないだけで私だって色んなエゴを押し付けてるのよ？
　私はね、沙羅姉や薬利くんにはなにがあっても生きていて欲しいってことをずっと無意識で押し付けてたんだわ。何事もなく、平穏で、幸せなままで寿命を迎えて亡くなって欲しかったの。けれどそれはある時呪縛になってしまう、これってつまり例えば死よりも辛いことが起きてしまっても、二人は私の残した言葉で苦しく生きていかなければいけないこともあり得るんだって、それほどに言葉は呪いにもなってしまうの。
　でもきっと、こんなことを教えても沙羅姉と薬利くんは「それは違うよ」って言ってくるのよ、それが凄くずるいなぁって今も思う。

『後悔はね、いっぱいあるけれど…。それでも悔いはなかったよ？』

　たぶん浮いているからかな？なんだか生きていた時より早く動けて、まるで常時車を運転してる気分になったみたいで面白い。亡くなったって、結構楽しいものよ？だから心配しないで欲しい…なんで言ったら怒られそうな気がする。
　でもね、心配しなくていいのは本当なのよ。もう私には伝える口も筆を握れる手もないけれど、今思えばもっと残しておくべきだったかもしれない。人生に後悔は付きもの…それをひどい程分かってたのに、結局後悔が募るだけで未練ばかりでどうにもできないまま。

　もう何処にも存在していないと分かってもなお、丁寧に準備される食器の前に触れないからと空気椅子の真似ことで座って、食べられないアップルパイを見つめているだけだった。死んだ人には味覚なんでものは不必要なのに、それでもあの味を思い出せるよ。人間が五感のなかに最後に忘れるものは味覚だってね、薬利くんが教えてくれたことが今でも鮮明に思い出せるんだ。
　けれどきっといつか、それすらも忘れてしまいそうで、少しだけ怖い気がするなぁ。

『…悔いがないなんで、本当は嘘なの』

　きっと死んだ今だからこそ言えると思うのよ。本当はね、もっと一緒に生きたかったし、もっと色んな場所に行ったりして、やりたいことだっていっぱいあったのに。
　でも私は死んじゃって、もう二度と話すことも二度と触れ合うこともできなくなった。あんなに楽しかったお祭りも、気持ちよかったドライブも、約束してた旅行も、ただつまらない話をして笑い合うことだって、もうできない。
　他人の命を奪っておいて、自分は沙羅姉や薬利くんともっと生きていきたいってわがままを言っても既に遅いよね？もう泣く涙も動く心臓もいないはずなのに、それなのに涙がずっと止まらない気がして、心だってずっとズキズキ痛くて仕方がない。
　私は覚えているよ、沙羅姉が私の笑顔が大好きってこと。でももし今鏡に写るなら、きっと今の私は笑えなくて、無理やり笑うこともできない。

『もう少し、生きたかったなぁ…』

　空っぽになった皿を見て、そこにはただ後悔と虚しさだけが残っていた。

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貝細工：アンモビウムという花、花言葉は「不変の誓い」「永遠の悲しみ」