1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
44
45
46
47
48
49
50
51
52
53
54
55
56
57
58
59
60
61
62
63
64
65
66
67
「な、





 なんだここは!!!」
「やられてしまいましたねぇ……」

 幸い(?)、扉の向こう、つまり部屋の中には、丁寧に同じ看板がもう一つあったようだ。二人が眩い光を抜けた先は、こじんまりとした小さな和室だった。

 入った途端固く締められた部屋は薄暗く、四隅に浮いている橙色の提灯から透かしている暖かい光が唯一の光源となる。そして部屋の真ん中には、綺麗に敷かれた布団が、一組だけ。

「キスするのに布団は要らぬわ!!!」
「おや、キスに関してはもうツッコまないのかい?」
「さっさとここから出たいからな。男同士だからノーカンというものだろう。事故だ。うむ」
「……」

 何を隠そう、この大妖怪神代類は、ずっと追いかけてくる生真面目のメガネっ子退治屋、天馬司に恋をしていたのだ。しかし妖怪と人間では結ばれぬため、想いを告げずに現状に甘えていたが、このざまである。想い人と楽しいじゃれあいをしていたら怪しい札でこんな空間に送り込まれて、挙句の果て最初で最後であろうこの子との口づけを、本人に「事故」と認定された。

「……そのキスをする前に、一ついいかい?」
「? なんだ」

 そう言って、類はずっと声も出さずに肩に乗っている子狐を腕に抱え、俯いた。

「……類?」

 その様子を覗くように窺えば、子狐が消えるのと同時に、類の頭上ににゅるりと白く長い耳が生えた。さらに、その後ろからしゅるしゅると炎のようにも見える薄紫の尻尾が一本、また一本と生えてくる。

「!? ひょ、憑依、」
「お待たせ。準備、できたよ」
「準備って、わっ、んっ」

 その様子を見て本能的に後ずさろうとした司を逃がすまいと、類は白い手でその頬を包む。人間の肌が、暖かい。その温かさを手のひらに染みさせながら、布団が敷かれた方向へ押し倒せば、ぽん、と音でも聞こえそうな感触がした。その時に驚いて開いた司の唇をすかさず奪う。

「んっ……んんんん~~!!」

 一瞬だけ大人しく許されたようだけれど、すぐさまおかしいと気づいたのか暴れだした司の両手を、がしりと片手で抑える。体格の違いが実にいい仕事をしてくれている。

 口の中も、暖かい。舌の先だけではない。人間の、司の口の中すべてが暖かく、妖である類の低い体温を上昇させていく。

 ぢぅる、溢れそうになった唾液と共に精気を吸い取っていけば、瞬く間に組み敷いた子は反抗すらできない体になった。

「ふ……どう? 初めてのキスは。忘れられない思い出になったかい?」
「お、おま、え、」

 信じられないようにじとりと睨んでくる司の目線に、恐怖どころか、甘い快感が類の背中を走った。

「……ねぇ、見て、司くん」
「んぁ……?」

 ぐたりと力の入らない司の腕を持ち上げ、手の甲を見せた。そこにはゆるりと、紫の狐の模様が徐々に浮かび上がっている。

「なっ!? お、オレに何をした!!」
「ふふふ。君の精気をもらう代わりに、僕の妖力を分けたのさ。狐狸くんに狐、ぴったりと思わないかい? 狸もちゃんといるよ、ほら、反対の手にね」
「な、よ、妖力だと、」
「こんなこともできるんだ」

 バチン、と類が指を小さく鳴らせば、ぽんっ、ぽんっ、と布団に横たわった司の両側に、可愛らしい小さな狐と、狸が現れた。

「ツカサクン!」
「ツカサクン!」
「な!?」
「フフフ、今日からこの子達は君を監し……コホン、悪いものから守るボディーガードになるよ」
「今監視って言いかけてなかったか!?」
「フフフフ」
「お前~~!! あっ!!! とびら、扉が開いたぞ! 出るぞ類!」