1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
44
45
46
47
48
49
50
51
52
53
54
55
56
57
58
59
60
61
62
63
64
65
66
67
68
69
70
71
72
73
74
75
76
77
78
79
80
81
82
83
84
85
86
87
彼の主はスキンシップが過剰だ。

肌の触れ合い程度。別に重たい程肌を重ねることに対して執着がというわけではなく、単に友好的に物理的に接してくる、情熱、というよりパッション?みたいなのもが感じられるものの、ただただ毎回毎回、アタックしてくる。

そう、アタックだ。

「……っ、おっと。はっ、あはははっ、もう、ゆっくり来なよ」

それはもちろん頻度もかなり多く、だから過剰という。だが正直なところ、ぶつかってくる触感が明らかにふにふにの女性のものでなければ、彼は自分が刀剣男子仲間と手合わせをしているではないかとの錯覚をも覚えてしまう。

「捲し立てたり、突き飛ばしてきたり、大将はよくガン攻めだなぁ」

また、言葉の綾というのだろうか。それは突き飛ばすよりは、すでに喰らいつくと形容してもよい程度だ。自分が刀剣男子でなければ押し倒されるそうなところもある。何せ、彼の主は脇差たち平均以上の身長で、にっかり青江と大体同じくらいの体型。ただより細め、丸みを帯びた女らしくしなやかな曲線を持つ。女性とは言え、これは流石に容赦なくアタックしてくると、油断していたら自分も転ばずを得ないかも。

全然、避けたくはないのもあるのだが。

「そんなに俺が好き?」

「うん。大好き。薬研のこと大好き。薬研もあたしのこと好き?大好き??うりうりっ」

「ははっ。ああ、大好きだぜ」

「んふふっ」

「よしよし。本当、大将は勢いがいいな。……っ、元気があるのはいいのだが……」

「えへへっ」

「かみ、髪の毛がっ、痒いぞ。いや、そうじゃない。大将はさ……あんた」

避けたくはない。が、アタックに受け身となり、自分に力一杯当ててくる頬と体をある意味も抱き止めたところ、ここは一旦押しのけよう。

「メガネ。今メガネ掛けてるからさ」

「それがどうした?あっ……ごめん、もしかしてぶつかった?痛かった?」

彼の主はおずおずと手を彼の顔へと伸ばしてくるが、彼は気づかれないよう小さくため息を吐いたのち、素早くも丁寧に自分のメガネを折り畳み、白衣の腰ポケットに収める。一瞬に腰の方より胸元の内ポケットの方が良いではないかとも躊躇ったが、またきっと、上半身に重量がのしかかってくるだろうと悟り、腰ポケットにした。

メガネケースがないのも失算だったが、そこはまあいい。

「俺は大丈夫。……あんた、メガネの扱いが雑すぎる。俺はいいが、メガネをもっと丁重に扱ってくれ」

別に叱るというつもりでもないけど、彼はやや説教口調で自分の主の頭をぽんぽんした。そしてまたふさふさとした髪にくすぐられるよりマシと無意識に考え、先ほど彼女を押しのけてようやく作れた少しの距離を保ったまま、柔らかい手つきでその愛らしい黒絹を撫でる。間髪という言葉をふいに思い出し、まさにその文字通りだと、彼は思った。

「ほれ。わしわし」

「わかった。気を付ける。ごめんね……」

「よっし。いい子だ」

「んっ、へへっ、でもナデナデは、いつもあたしの、あたしがすることだよっ!されるのは恥ずかしいなぁ。んもうー、でも大好きだからこれもいいな。好きー」

気持ちよさそうに目を細めながらも、ブツブツと文句を言う彼の主である。その頭を彼の肩にもたれかかり、シャツの襟がなければまた髪の毛と吐息にくすぐられるところだ。

「むしろこれがいいなっ……」

「ははっ、大将の甘えん坊。してやる、してやるからな。でも俺からもう一言わせろ、物は大切に扱うべき、だ」

「あーい」

「俺が掛けているメガネは一番気を付けるべし。危ないぞ、きっと俺よりはあんたの方が痛むからだ。もう何度も言ったがな」

そう、実はすでに何度もしたやり取りだ。それでも飽きることなく、まるで毎朝最初のおはようと毎晩最後のおやすみの囁きのように。太陽と月が回り続けるように止め処なく繰り返すもやはり、ただただたわいがない、日常。

「わあぁったー、ごめんー、ありがとー。ほらいつも色々と、今の今も大切にしてるからもん。あんたと、あんたのすべてをね」

「ごめんの方はいいよ。うん、してやるからさ、しているし。あんた、そんなにしがみつくとさ」

それで、主はいつも自分の肩に顔を埋めてから、可笑しい呂律になっていく。主の性は熟知しているつもりで、怠惰によるものかと思うことはあったが、数回もこの気持ちよさそうで蕩けるような、幸せそのものが灯っているかのような顔を見ると、そうではないことが自明だ。

ただ安心して自分に思う存分甘えているだけ。怠惰、というのもあながち間違いではないけれど、どうしようもない程気が緩んでいるだけとも言える。彼女が自分にそこまで気を許してもらえるのは、彼にとってもある種、甘ったるい満足だ。もっとも、しびれてしまう程の安堵感は、疲れが取れるぬるま湯みたく、浸かっていて悪い気はしない。それが、いいのだ。

「ん。らいちゅき。たーりんないーっ。でぶぐろおね……」

そして再度に密着に降りかかってくる心地よい重さ、絡みついてくるこそばゆい温もり。それもまた、まさにぬるま湯のようで、ついついもっと長く浸かりたくなる。

「外してほしいかい?や、外させようとしてるんだな、あんた」

「素手がいいもーん。わしゃわしゃーっ!わかるんでじょ?」

「甘え切った大将には敵わないな」

そんなにしがみつくの意味が。喰らいつかれたいなら、それは付き合おう。と、彼は密かに呟いた。

「……あんた、藤四郎への扱いはどこまでも繊細なのになぁ。はあ……じゃ外そっか」

適当に放り出された手袋も白衣もまだ語ることができないのだ。