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『気まぐれに手にした、恋の矢』


東鈴桐 & 菅野夏樹 両視点

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 一見平穏、実は波が打っている都市に、一介の刑事として今日も不特定多数の他人を守っている。いいよね、こういうの。名前知らずの英雄っぽい。

 でも私にとってこれはあくまで夢でしかない。今日も一生懸命、誰でもできるが誰もしたくない「手伝い」だけで手いっぱいになった私の、昔憧れていたことだった。

 とは言っても、今現在の仕事に対して別にそんなに不満がない。「ヒーローたちの手伝い」に結構やりがいを感じるし、何せ運がよければ、秘かに慕わっている「あの人」に仕事中で会えるしね。

 備品室の補充を終わらせ、報告書回収のため捜査一課に向けていく私は、今日も「あの人」に会えるといいなーなんて、下心をなるべく顔に出ないように気持ちを抑えている。

 コツコツと採光のいい庁内廊下で控えめな足音を立てるつもりだが、その規律音に後ろからドタドタともう一つせわしい音が不作法に入った。

「あっいたいた、鈴桐ちゃん!」
「菅野さん、お疲れ様です。そんなに慌ててどうしっ、――」
「もう、またよそよそしい呼び方なんかして。『夏樹くん』泣くよ?」
「そ、そう言われても困っ、――」
「まぁ、それよりも!お願い、うちの耀さんを起こして!」とまた彼に話を遮られた。

 今時のイケメンって本当に人の話を聞かないなーってついツッコミしたくなったが――

「ヨウさん、って……まさか服部警視正のことではないでしょうね……?」

 その前に命より大事なものがないとか、どうか聞き間違いであれとか、あの人の寝顔を拝めるチャンスがキターとか、さまざまな思惑が一瞬で頭の中によぎった。

「他にどの耀さんがいるん?耀さんが二人いる警視庁はヤバいって。」
……私に託されたことほどヤバくはないと思うけど。

 というわけで、と彼はわざとらしくスマホで時間を確認した。
「今から現場に迎えなくちゃ。どうせ午後は一課に来てくれるんだろ?ついでに耀さんを連れて来な!」
 そして、ヨロシク!って無責任な一言と、だんだん聞こえなくなっていた荒々しい足音だけを残した。

「ちょっと、本当に私が起こしに行くんですか!?」
 無駄な訴えをかけても、菅野さんは嵐のように走って行った。

 好きな人に話しかけられる機会が得るなんて、ありがたい気持ちでいっぱいになるはずなんだけど、今は逆にモヤモヤが心に持て余す。

 なぜなら。

「警視正は、私のこと苦手っぽいし……」

 長くない付き合いで薄々感じられる距離感にため息つき、無駄な恋心を胸の奥に再び仕舞い込んだ。
 なんとか重い足取りで仮眠室に向かいつづ、観念して「お手伝いさん」の役割をしっかりと果たすと自分に喝を入れた。

......

 あんなタイプの子、耀さんが苦手そうなんだけど。まぁ、鈴桐ちゃんなら大丈夫だよね。知らんけど。

「お前、余計なことを」
 事情を聞いた蒼生さんに呆れた顔をされてしまった。
「えー、余計ってひどくない?」

 それにしても、自分が間違った応援をしちゃったと思わない。昔から耀さんに寄る度胸のいい婦警たちは、当の本人の冷たさにがっかりした結果、みんな遠ざけていっちゃった。

 いつもそう勝手に自分のイメージを他人に押し付けているんだね、女の子って。

 でもさー、鈴桐ちゃんが秘めるつもりだった気持ちは一課の皆に――勿論慕われる当事者にもバレバレなんだけど、表に出た態度は今まで見た人と違うよね。

 内心ビクビクしてるのに、背筋をスッと伸ばして耀さんに任された仕事を真剣にこなすし、呼ばれただけでそんな嬉しそうな顔出ちゃうし、なんかこれ以上の何も求めていないって感じ。

「アレを見て、つい背中推したくなるんじゃん」
「アレって……そんな後先考えねぇことしやがって。ていうか東の性格を考えると尚更っ……いや、いい。やっぱり余計なお世話だ」

 鈴桐ちゃんの性格かぁ……確かにそれは蒼生さんが一理あるかもしれないけど。耀さんがあんなまっすぐで、一つ汚れのない子に近づけたくなさそうじゃん?

 しかしさ、ふと気が付いたとき、鈴桐ちゃんのことを思うより細かいところまで中身を覚えているらしい。

 それも「無関係でいたいなら、そんなに気にしなきゃいいじゃないですか」とか、そばから突っ込みたくなるほど。まあ、そんなこともできないし、いったいなんなんだろうねー?

 現場から庁内に戻る道中、上司と同僚の恋事情を軽い気持ちで考えているとーー

「よ、耀さん!では私、お先に失礼いたしますね」
 捜査一課の扉を開けたばかり、あの子のぎこちない声色が先に耳に入った。

……おぉ。

 いつも控えめな態度を取っている鈴桐ちゃんにしては、ずいぶんと意外な一歩を踏み出した。

「えっ、いつの間に名前で呼ぶ仲間になった!?ずるーい、俺も!」とつい面白がる。

 彼女は蒼生さんと俺に気づき、肩が跳ね上がった。
「ぁえ、菅野さん!?いえ、わ、私はただ……」って赤らめた顔を咄嗟に隠した。

 そんな可愛らしい仕草をした彼女はなかなかからかい甲斐があるから「なんと!あの仮眠室でなにか良からぬことが!?」って、もう一言を添えると。

「夏樹」

――と思わず入ってきた耀さんの一声に口を噤んじゃった。

 今までよそよそしい態度を取っているのは耀さんの方じゃんって言い張りたいが、これ以上は野暮だってわかってる。

 かいさーん!とか言いつつ、ちらっと、心なしか表情が柔らかくなった耀さんと、恥ずかしさと嬉しさが混じって耳まで赤く染まった鈴桐ちゃんを交互に見た。

(これっていわゆる効果抜群、将来有望……かな?)





👼