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【隣を歩く】 璃音

 俺の半歩前を歩くテウタは、鼻歌を歌い出しそうなくらい上機嫌だった。休日ということもあってたくさんの人が街を歩いているが、上手いこと避けながらぐんぐん進んでいく。
 ベルスターは今日もにぎやかだ。夜に目を覚ます街なんて言われてるけど、比較的新しいこのエリアは有名ブランドのショップや流行に乗った飲食店など、人が集まる理由には事欠かない。だから昼間でも十分目を覚ましていると俺は思う。
 厳しい寒さもだいぶマシになってきて、朝晩は冷えても昼間は思っていたより暖かい。気に入っているらしい赤のコートを着るか悩んでやめたテウタは正解だっただろう。俺は汗ばむ肌に新鮮な空気を送り込もうとシャツの胸元をばたつかせた。
「ね、シュウ! わっ……」
 テウタが振り返り俺を呼ぶ。急に後ろを向くもんだから前からやってくる通行人とぶつかりそうになって咄嗟に肩を引き寄せた。
「おい、あぶないだろ」
「ご、ごめん……」
「どうかしたか?」
 行きたい店が変わったとか、腹が減ったから何か食べたいとか……まあ後者だろうな。
 そんなことかと思って顔を覗き込むと、照れた顔をして俺を見上げる。
「どうかした、ってわけじゃないんだけど……今日、来れて良かったなって思って」
「来れて良かった?」
 俺はテウタの言っている意味がよく分からず、聞いた言葉をそのまま繰り返した。特に何か目的があって出掛けているわけではなくて、休みがたまたま合ったから買い物でも行くかっていう程度の話だったからだ。確かに久しぶりのデートではあるが、一緒に住んでいるから毎日顔は合わせているし、改めて“良かった”と言われるほどのことじゃない。
「だって、最近シュウの仕事がずっと忙しそうだったでしょ? だから今日デートできないかなって思ってたの」
 出かける目的ではなく、今日という日にちが関係しているらしい。だが、テウタの誕生日は終わったし、俺の誕生日はまだ先だ。
「今日? 何かあったか?」
「付き合って三ヶ月記念日だよ!」
「あー……なるほど?」
「あ、忘れてたの!? 私ずっと楽しみにしてたのに……」
 怒っているというよりは拗ねている顔。頬を膨らませた表情が元々幼い顔立ちのテウタをより幼くさせた。
「悪い、あんまり気にしたことなかった」
 出会ってからそんなに長い月日が経ったわけではないのに、テウタはいとも簡単に俺を変えてしまった。
 今まで女と付き合うなんて面倒くさいだけで、ましてや記念日だなんていちいちアホらしいと思っていたのに、すんなりと口から詫びの言葉が出た。どうしてか嫌な気はしない。
「もう……」
「だからリンボがやけにニヤニヤしてたのか……」
 今朝の様子を思い出して、俺は頭を抱えたくなった。緩みきった締まりのない顔が寝起きの俺をイラつかせたが、まさか自分たちが関係しているとは思わなかったのだ。
「ん? 何か言った?」
 俺のつぶやきは大通りを行き交う車の音でかき消されて聞こえなかったらしい。テウタは首を傾げた。
「何でもねえ。アンタ、リンボに俺たちのこと話したんだろ」
「え、うん……すごく嬉しくてつい……」
 これからもずっと揶揄われるんだろうと思うと面倒で、ハァとため息が漏れる。途端にテウタは心配そうな目で俺を見たが、別にリンボに話したことを怒ったわけではなかった。――むしろそんな風に言われたら何となく俺まで嬉しくなってくる。
「ごめん、言わないほうが良かった……?」
「いや、そうじゃない。今朝リンボが珍しく、今日は仕事ないからテウタと買い物でも行って来いって笑ってた。ありゃ記念日だからわざと言ったんだな」
「あのシュウ使いが荒いリンボが!? リンボって意外と優しいんだね。帰ったらお礼言わなくちゃ」
「……何でそうなる」
「だってリンボがそう言ってくれなかったら今日のデートできなかったかもしれないじゃない」
 確かにここのところ毎日のように仕事を手伝ってたし、忙しかったのも事実だ。けど、アイツから言われた仕事を全部俺がやらなきゃいけないわけでもないし、あくまで手伝っているだけで。休もうと思えば休める。
 別にリンボに言われなくたって、記念日だって分かってりゃ一緒に出掛ける約束くらいできた。
「そんなことないだろ」
「えー? だって忘れてたんでしょ?」
「もう覚えた」
「ほんと? またリンボに言われるまで思い出さないんじゃない?」
「絶対忘れねえよ。ってかリンボの話はもういい」
 まさかリンボに妬く日が来るとは。もう一度小さく息を吐く。俺が思っているよりずっと、俺はテウタに夢中らしいということに、今更ながら気づかされた。
「最近話題のスイーツの店と、新しくできたアクセサリーの店、だっけ? アンタが行きたいところ全部連れてってやるから行くぞ」
「え?」
「記念日デート、するんだろ」
「シュウ……」
「ほら」
「うんっ!」
 手を差し出すと満面の笑顔で指を絡ませてきた。テウタは少し前じゃなくて俺の隣を歩いている。