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ぴあ、目指すは「ユニクロ」型 割安ニッポン脱却の契機
編集委員 中村直文
2023年6月25日 11:30

この熱気は何だろうか。6月18日の日曜日に横浜・みなとみらいのイベント施設でのコンサートは、開演1時間前からほとんどが女性の長蛇の列。日本で著名なアーティストが出演するのかと思いきや、タイの俳優によるものだった。

日本で2020年に初めて放映され、タイドラマ旋風を起こした「2gether」で主演したブライトとウインが歌とトークを披露。開演するやいなや40〜50代が中心の女性ファンは一斉に総立ち。終始黄色い声援が飛び交い、時間とともに熱量は増していく。17〜18日の2日間の開催で、1万人収容の施設は両日とも満員御礼。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う巣ごもり生活の中で「沼」にはまったファンが数多く醸成されていたわけだ。

このコンサートはチケット販売のぴあが主催したイベントだが、同社にとって戦略的な意味合いを持つ。ぴあと言えば、情報誌の発行とチケットの販売が柱だが、近年は「自らイベントを主催する業態に変えてきた」(小林覚取締役)。

今回のコンサートも自らタイのテレビ局や俳優の所属事務所との交渉、プログラム作りや演出も手掛ける。そのための人材も採用、育成してきた。そして場所は自前のイベント施設「ぴあアリーナMM」。衣料品のユニクロのように、川上から川下まで一貫したSPA(製造小売り)型の事業として練り上げた。

経済・社会のデジタル化に伴い、リアルなライブイベントもコロナ前から拡大傾向にあった。ぴあも脱・チケットに向けて近年は自ら主催するコンテンツを増やしてきたが、この流れを確かなものにしたのがコロナが流行した2020年以降だ。コロナのように外部要因でイベントやコンサートができなくなると情報とチケットの流通だけでは経営基盤は安定しない。

そこでSPA的に自前のコンテンツを増やし収益力を高めようとの判断に至った。ちょうど20年に自前の施設、ぴあアリーナも完成。ここで月に2〜3回は自社主催のイベントを開く。

自社コンテンツにこだわるのは収益性だけが理由ではない。ぴあは19年にラグビーのワールドカップ、21年には東京五輪のチケット販売を受託。海外のビジネスパートナーや顧客から「日本はなぜ一律的な料金が多いのか」との疑問を何度となく投げかけられた。

世界のエンタメビジネスでは様々な特典やラウンジのあるプレミアムサービスは当たり前。そこで今年に入り、特別コースをすでにいくつか提供してきた。例えばラグビーのリーグワンの決勝では豪華なランチやトークショーを見ることができる「オフィシャルホスピタリティチケット」を発売。最高値は11万円だ。富士山近くの花火大会でも2万5000〜10万円のコースを設けた。

日本ではこれまでサービス価格で極端な差を付けることは好まれなかった。しかし高級サービスを求めるインバウンドは日本経済の活性化に欠かせず、幅広い分野で顧客ニーズに応じた価格コントロール力を持てるかどうかが重要になる。ぴあの取り組みは割安ニッポンからの脱却に向けた実験と言えそうだ。