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『微熱に溶かされていく』

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 珍しくポニーテールにまとめされていて、肩でふわりと揺らされる赤い髪は、街の灯火に透けてきらきらと光を放つ。

「その結び方、いいですね」
「たまにはお揃いしたくなるんじゃないの」
「ふふっ、お揃いって」
 
 フルーツ飴の缶をひっくり返したように鮮やかに煌めく街を歩きながら、浮かれた気分のままに身を任せ、普段と違う彼氏の格好いい姿に見惚れていた。

 まだ片思いだった頃、その広くて逞しい背中の後を追いながら、ずっとずっとその筋肉質の体を、自分と異なる彼の体温を空想していた。

 今はすぐ隣で手を引かれて、彼から伝わった温度があんまりにも鮮明で、いや、あまりに鮮やかな夢だったのかもしれない。

 冷たい空気を肺に吸い込んで、噎せ返りそうになりながら、指先から徐々に血流が奪われそうに寒くなってしまい、堪らずは自嘲してしまった。

「なに考えてんの」
 彼は脆い陶器を扱うよう、手の甲をするりと熟していく頬に滑らせる。

「えっ、さ、寒いなー?って……」

 その言葉の続きが口から零れる前に、彼の鼻先が私の鼻先にツンっと触れた。急に距離を縮められたせいで、ぎゅう、と心臓が絞り上げられ小さな悲鳴をあげると、両頬が赤く、野苺みたいな色に染まった。

「ほーん?逆に熱すぎると思うけど」
「よ、耀さん……ここ、外……」
「人目がつかないならイイってこと?」
「よくなっ、あぁ」

 手を引かれて、すぐ近くの路地裏に入って来た。そして前髪を指で梳かされ、その下に隠されていた額を撫でつけ、ぞくぞくと鳥肌が全身を這うと耀さんは笑った。

「一人でぐるぐる考え込んで、忙しないんだこと」

 そのはにかんだ目元できた小さな皺にまた視線を奪われた。

「まーたそんな間抜けな顔してて」
「……いつもと同じ顔ですよ」
「かわいいよ、見飽きない」

 急に投げられて来た甘い言葉に目を見開いて、彼と視線を合わせた。瞳から映し出した東京街道の灯りを眺めているようにじーと見つめられ、不意にぐい、と引き寄せられて唇を奪われた。

「はっ、雪遊びではしゃいてた子供みたいな顔。霜焼けでもした?」
「もう、意地悪は、いやっ……んぅ」

 震える声で文句を言おうとしたが、もどかしかった時間の隙間を縫うように口づけを貪られる。息継ぎの間に口から漏れ出す吐息が白く、柔らかく二人の間に充満した。

「はぁ、あ」
「しっかり立てね、んっ」

 顔の角度を変えるたびに耀さんの有るか無きか顎髭が擦れてくすぐったいその感触も、絡まった舌から彼の味も、やはり夢物語では無いと訴えるように生々しい。

 濃厚な彼の匂いに酔ってしまいそうで、その曲がってくれた背中に浮き出た背骨を辿って堪らず手を這わした。すると、彼はびくりと固まって、伏せた睫毛を震わせた。

「っ、……さて、帰ろうか」

 世界と隔絶されていた二人きりの空間がこれでおしまいと、裏路地を出ようとする彼の背中はそう語っている。

 まだはあはあしている私が見上げた先に目を疑うほど彼の赤らんだ耳が視線に入った。

(あれっ、もしかしてさっきビクッてしたのはーー……)

「耀さんって、くすぐったいのが苦手だったりして……?」
「それはどうかな」
「えっ、それは結構かわいい……ちがっ、えーと、その顔……おっ、お揃いですね……?」
「お口、チャックね」

 ごつごつとした指に交差させると重なり合った手のひら同士が繋がって、子供っぽくゆらゆらと心地よく揺れて、帰り道を歩いている。
 ひらひら舞い落ちてくる結晶の冷たさすら、火照る体に心地いいと感じてきた。

「……えへへっ」

 心に積もっていた雪が溶かされるよう、そんな気分に浸る。




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