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『甘んずる』

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 俺と鈴桐は、俗に言う恋人同士の関係で、一課の連中も俺達の関係を知るくらいには周知の事実だ。まぁ、ヤル事もヤっているが、だからといって何かが変わるわけでもなく、バレンタインデーの前日でも一介の刑事として不特定多数の平和を守っている。

 そんな中、秀介が話しかけてきた。

「ねぇ、ずっと聞きたかったんだけど聞いてもいーい?」
「んー?」
「鈴桐ちゃんのさ、どこが好きで付き合ったの?」

 いつの間にか、一足先に自分らの書類作成を終えた野郎共がその一言を耳にして、こっちを覗いている。

「それって気安く聞いてこれるやつだっけ」
「だってみーんな恋バナに飢えてるんだよ〜〜!こ、の、一課のトップとあの雑用ちゃんとのことだし、俺たちにも甘酸っぱい話聞かせてくれたっていいじゃーん!」
「俺も聞きたーい!」
「......勝手に仲間に入れんなって」
「まったく気にならないって言えば嘘になりますが」
「司そっち側にいんの珍しいね」

 収集がつかない展開に面倒くさくなり、思考を放棄して飲みかけたコーヒーを呷ってから俺はさっさと帰る準備をした。

「好きだから付き合ったんじゃないでしょーよ」

──と適当にはぐらかすつもりだが、自分が思ってもみない本音をうっかり漏らしたようだ。

「俺もかわいい彼女のいる家に帰りたーい」と野暮ったい文句を無視し、庁内の駐車場へ向かった。


‥‥‥

‥‥‥‥‥‥


「どう、でした......?」
「ん、甘かった」
「ふふっ、食レポになってませんよ」

 台所に立つにはまだ早い時間だけれども、「特別な日」の前日だから、張り切っている彼女は俺をここに呼び寄せた。

「こっそり準備するのかと思った。まさか味見係に任されるとは」
「だって帰ったら甘い匂いですぐバレるもん」
「雑用ちゃんって隠しこと下手だもんね」
「もうー、耀さん相手に隠しことできる人いないって。こうやって好みの味に調整できるのもいいですしね」

 オーブンシートを敷いたまな板の上に小さめなチョコを並べはじめる彼女の手を、顔近くに引き寄せる。

「うん?」
「付いちゃっってるよ」
「え!?ちょ、くすぐったっ、……」

 チョコにまみれた彼女の指ごと口に含んで、丁寧に舐め上げる。口ん中の温度で、チョコレートはゆるゆると溶けだし、舌に絡まった。

「んんっ」

 ぴちゃり、と唾液とチョコの音が広がり、そのまま軽く吸う。

──甘い。

 細い指についていたチョコはすぐになくなった。

「んあ、ごちそーさん」

 礼とともに笑ってやれば、もー揶揄わないでよ、と彼女が顔をまっかにして怒っているフリをする。何度こうしたやり取りをしても慣れないところが面白い。

 そして、ちょんちょん、と彼女が俺の肩をつつく。

「よ、耀さんもほっぺに付いちゃってますよー?」
「ほう。なら取って?」
「ううっ、じゃあ……し、失礼しまー…んぅ」

 一生懸命背伸びした彼女のために少し屈んであげた。すると彼女が俺の頬に口を寄せ、ちゅ、と子供がするように可愛らしく音も立たさせた共に、ぎこちなく熱い吐息がかすかにかかる。

(やっぱり噓が下手だねぇ)

「キキキキ、キレイになりましたね!良かったね!」

 真っ赤にゆで上がった彼女は一息に言って顔を覆ってしまった。

「それはどーも」

 その手首をそっと掴む。覆った両手を外させて、俯いた赤い顔を覗き込んだ。

「あんたにもついてるよ。取ってあげる」

 俺は嘘をついた。でも、嘘も方便。

 彼女に屈み込み、その赤い頬に口づけをした。鈴桐がしてくれたように、甘く、優しく。

 ちゅっ

 ただ俺に預けた彼女はその場に立ち尽くした。きっと頭の中が真っ白になっているのだろう。

 顔を離して距離を取った俺を見上げて、瞬きもできずに硬直していた彼女がようやく目線をこっちに向いた。

 こくりと喉を通った甘さは、俺へと飢餓感を招いた。

「あー……足りないねぇ」
「……えっ?チョコ、ですか?」
「ざーんねん、20点」

 一課でのやり取りが頭に浮かぶ。

『鈴桐ちゃんのどこが好きで付き合ったの?』

──好きとかいう次元じゃない。

『好きだから付き合ったんじゃないでしょーよ』

──そばに置いているのは、足りないかもしれない。

「あんたが足りないから、もっと付き合ってくんない?」

 東鈴桐という存在がないと、自分が欠けるから一緒にいるのが当たり前なのだ。

 この子が隣にいない自分など、考えられる訳もなく。

「……それ、耀さんだけじゃないからね」

──お互いどこが欠けている俺達には、足りないくらいが丁度いい。




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