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『触れたい、感じたい、確かめたい』


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 38歳、増えた朝の日課。

「……居た、……まだ居た……!」

 寝ている(と思われている)俺のそばでコソ見ながらの、年の離れた恋人からの存在確認である。

「なぜ……」

「……」

 その謎日課のくだりは、予想でしか無いが、あれは「本当に、私が、耀さんと同棲している……?」という確認の行動だ。多分。

 そして彼女のことだから、病気とかではなく夢かどうか疑っているだけだろう……多分。

(今時の若い子って人を魑魅魍魎と看做す傾向とか……じゃないね)

(まあ、確かに魔王ってよく陰で呼ばれてそうだけど)

 彼女は、距離を詰められようと、合い鍵を渡されようと、俺が雰囲気で時間を押し通している相手だから。あれくらいしても何もおかしくはない。

 そうさせた犯人として、心当たりしかない。

(いやまぁ、だとしても、さっさと現実を見てほしいとは思うけれども)

 理解は、する。彼女の行動に理解はできる。

 付き合う「もどき」の時期でも、結構な距離を置いた態度を取っていた自覚はあり、その手のひら返しがここ最近のことであったとの自覚もあった。

 掴めない態度の期間が長すぎて、比べるとこの半年程度の緩和した態度などはほぼ一瞬のできことでしかない。俺がアプローチを掛けた期間で言えば、もっと短いのでそれこそ瞬きの出来事に感じられたに違いない。

 一歩近づかれた度に、現実が理解出来なさそうに首を傾げているのも、面白い。ウチに迎えた時も彼女にとって、告白など吹っ飛んでここまできたのは余程天地がひっくり返る出来事だったのだろう。

(ほんと、寝起きでまだ回っていない頭が余計なことを考えてくれる)

 まだ起きたばかりのだるさが抜けきれない中、布団の上に面積が増えた影から、コソコソと彼女が近づいてきた気配を感じた。

(今度は何してくれるのか、......いつまでも受け身してるのも、性分じゃないけど)

 その彼女さんに悟られないように片目で位置を確認しつつ……

ーー体を返し、無防備な彼女をベッドに引っ張り込んだ。

「っんぎ、」
「なーにしてんの」
「ン~~~~~~!?」

 抱き抑える瞬間、女の子にあるまじき悲鳴が上がりかかったな……。一音目が結構野太かった気がするね。面白い。

 正気に戻って逃げられる前にゆっくり力を込めていって彼女の体を腕の中に閉じ込めていく。腕の合間を狙った、ちょっと体勢を考えた抱きしめ方をすれば、油のさされていない機械みたいにギシっと彼女の体が軋んだ。

(……これって抱きしめる、じゃないな。普通に安易な絞め技だねえ)

 相手が苦しくないだけで、抱きしめている側の体感、完璧に絞め技だ。ちょっと力入れたら、結構痛い感じになると思う。ここまで寝技の心得があるのは、庁舎で練習に付き合ってくれていた夏樹に感謝。

(うん。いい子にして逃げようとしなければ、痛いことも何もない)

 幸いにも、微動だにしない彼女は顔を赤くしたままだけだ。絞め技で苦しそうな様子はないが、……息は、しにくそうだけどね。

 多分、別の意味で。

 恋人との同棲生活がまだ、全然、一向に慣れないらしく、こうして突然のスキンシップは固まってしまう。あまりの動かなさに、正直呼吸まで止まっているんじゃないかと疑うくらいだが、心臓の方は結構な速度で元気にパクパクしているようだ。

 とはいえ、ずっとこのままでは困るので、急なバックハグに目を白黒させている彼女さんに、容赦なく次なる「攻撃」をする。

 ーー慣れ、大事。

「早起きは良いことだけれど、……俺を置いて行くのがどうだろう。ね?」
「は、はぃい……」

 喋った。呼吸はまだできるらしい。

 苦しくない程度に腕を緩やかに締めていく。彼女の柔らかい体がむにっと腕に当たるのが心地いい。

 こういうふとした時に、あの雑用ちゃんはもう、どうしようもなく傍にいてくれる女の子になった、と思い知らされるのがたまらなく心に沁みる。

「んで? 何してたの」

 腰を曲げてさらに密着し、彼女の首にキスを落としていく。

「ちょ、ちょっと待っ、もうこれ以上はっ……」

 徐々に体温が上がっていくのが可愛くて、心地よくて、勝手に笑みが漏れそうだ。

 チュっとわざと音を立ていた。だぼだぼの寝巻きのせいで色んなコトがしやすくて良い。

 そしてつうーと、湿ってもいない唇が彼女の首筋を伝っていく。彼女は、……悲鳴を堪えながらされるがままにしている。

「教えてなさいな」
「むむぅ」

 口元に手を当てて必死に首を横に振るのも、かわいらしい。

 何の抵抗にもならないのに。


(ーー早く、わかって頂戴)








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