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無題
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 初めてあの子にあった時のことは今も鮮明に思い出せる。小さくて恥ずかしがり屋な彼女は、おばさんの後ろにずっと隠れてて、目を合わすとビクッと驚いて顔を隠す。鈴のような小声で自分に名前を言うあの子がかわいくてたまらなかった。
 気が付けばあの頃からずっと一緒にいた、気が済むまで一日中遊んで、むしろ一緒じゃない時間のほうが少なかった。いつしかあんなに気弱だった祈も私をさらねぇと呼び、ひよこみたいに私の後ろについてくるようになった。
 
 それは確か青空がひどく広かったある晴天のこと。いつものように二人で遊んでいた、本当に他愛のない日。なぜそういう話題になったのかはもう覚えていない、けれどこの事は今になっでも忘れられない。

「私は大人になったらみんなを守るお巡りさんになりたいなぁ。そうだ、祈はなにになりたい?」
「祈?んーっとね…」

 そう聞かれた祈は少し恥ずかしそうに頭を下げ、少し待ってあげると、彼女は決心したように口を開いた。

「祈はね、大きくなったらさらねぇのおよめさんになりたいの」

「さらねぇはすっごくついいし、やさしいの、いつも祈をまもってくれて、それにいっぱいあそんでくれもん!大大大好きだから、さらねぇのおよめさんになるの!」

 一生懸命に思いを告げる彼女を見て、好きって言ってくれたことが嬉しくて仕方がなかった。

「けど、女の子と女の子はけっこんできないんだって」
「どーして?ダメなの?」
「わかんない、でも私も祈のことが大大大好きだよ!」
「ほんとっ?わーい、やったぁ!」

 そしたらあの子にきゅっと抱きしめられ、ふわふわとした感触や暖かさが溢れて、まるで今この瞬間この世で一番幸せ者になったみたい。
 これから始まったか、本当はずっと前からだったのか、それとももっと後から芽生え始めたのかももう分からない。

『どれだけ好きと伝えても、恐らくその100分の1すら届いてないだろう』

 起こさないようにそっと、隣に眠る彼女の頬を優しく触れる。その可愛らしい寝顔を独り占めすることも、この子と共にに眠る事も、おやすみやおはようを伝え合う事も、きっと遠くない未来ではもう二度と出来なくなってしまう。
 気付けば私も祈も大人になって、一緒にいることが少なくなって、それぞれの生活も増えていた。もし寂しさ紛れの愛で、この思いを消し去る事ができたらどれほどよかったか。

 好き、好き、好き。
 伝えたくて、伝えられなくて。ずっと一緒で幸せなのに辛い、まるで丁寧にみじん切りされたように心臓が疼いては止まらない。最初から出会わなけらばよかっただなんで、それすら言えないの。祈に出会わなかった世界なんでいらない、でもこんなに辛くなるくらいならいっそなくなったことにしたい。

 不安だった、もしも祈になにか遭ったらと思うと体が動いしてしまう。けれどあの子はなに事もなくいつものように微笑んでいた、よかった大丈夫、安心だって本気に思ってたの。

 だから私は前に進む彼女の後ろ姿を見つめることだけしか出来なかったんだ。

『祈、好きだよ。今も昔も、きっとこれからも』

 振りかざす包丁が異形のモノを一瞬にして消し飛ぶ、守られるべきあの子はまるで人が変わったように私の知らない彼女になっていく。もうやめて、どうしてと頭の中がくちゃくちゃで手も足も動かない。

『あぁ、まただ…』

 私は何も出来ない、何一つ出来てない。大切な人を守る事も、誰かを救う事も、運命を変える事も。
 抱きしめられる温もりが、私が犯した罪がどれほど赦されぬものか実感させる。もしもあの頃に戻れたらどれほど良かったと思っても、きっともう叶わないだろう。